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ブログ23回目も日記

いつもは午後にブログを書く習慣があったのだが、今日は午前に書いてみる。

昨夜はドラキュラ X を進めた。PSP ダウンロード版だ。起動したのは何ヶ月振りだろう。普段 PSVita は専ら Web ブラウズに使っている。このゲームは、操作が難しい。ジャンプ後の軌道が不自然で、微調整をする必要がある。敵の挙動が賢いので、あっさりと食らってしまう。何度もゲームオーバーになりながらも、最後までクリアできた。完全クリアではない。

今朝にさらに進めた。PS 版の ACTRPG が解禁されるアイテムを入手した。これが目当てでやってきたようなものだ。セーブするところまでやった。一度クリアしたことがあるので、ここまでは余裕だ。

昨夜は、いたるさんがアマガミ実況を生放送でやっていたので、part1 まで観た。いたるさんは、唐突に歌い出すのでおもしろい。回線が遅くて、よく止まるので、それ以上は観なかった。そのあと、ブロードキャストのよしログを観たけど、AKB 総選挙? の話題を長々と引っ張るので、イライラして観るのをやめた。そういうテレビ番組があるということは知っているが、観たことがない。番組名なのか番組の企画なのかも分からない。どういうものなのかも知らない。選挙って何を選出するんだろう。それとも、タイトルは賑やかしで、実際には、選挙というほどのことはしないのかもしれない。とにかく、食わず嫌いである。

早く MGSV がやりたい。メインもさながら、オンライン対戦もやりたい。あの緊張と興奮が忘れられない。

最近、プログラミングをしていない、と、昨日のブログに書いたが、しないどころか、嫌いになっているようでもある。美しいものが好きだ。十年前、元々は、かっこいいデザインを鑑賞するのが好きだった。自分でもそういうものをつくりたいと思っていたものだ。月日は流れ、本当に美しいものは、デザインの見た目ではなく、中身・機能であることに気付く。視覚を魅了するだけで、中身を伴っていないデザインはクソである。逆に、中身が素晴らしくて、外見がいまいちなものは、それはそれでよい。さくさくと外見を整えればいいだけの話だ。プログラムのソースコードというものは、中身であり外見でもある。一字一句がコンピュータへの命令を構成している。見栄えのためだけの記述というものはありえないのだ。中身を書けば、それが外見になる。

最近ネットで、業務としてのプログラミングの記事がよく目に付く。そういう記事が嫌いである。ライブラリも嫌い。効率をよくすることに美しさを感じない。収入のためのプログラミングは、鑑賞に値しない。美しいものを汚すような記事はもう見たくない。

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