アルジャーノンに硝子のハンマーを

暑い一日。

ストックしておいた、移動中に読む本をすべて消化してしまった。とりあえず、クリムゾンの迷宮を読むことにした。もう 5 回以上は読んでいる気がする。

最近のストックで読んだのは、最初が「アルジャーノンに花束を」邦訳版だった。この作品の冒頭からしばらくは、ほぼ、ひらがなで書かれた、拙い文章が続く。知的障害を持つ主人公が書いた日誌である。主人公は、脳の手術を受け、知能が向上し、日誌の内容も高度化していく。いじめられっこで、日常生活をうまくこなせない彼が、一般人並み以上の経験をしていく物語である。

人間は、それぞれの人生を歩み、様々な経験を経て、色々なものを得たり失ったりするが、もしかすると、実際に人生を経験するよりも、この本を読み、主人公の人生を疑似体験するほうが、勉強になるのではなかろうかと思えるほどに、フィクションながら、いかにも、現実で時々遭遇する場面に喩えられそうな出来事が多く起きる。現実の誰かは、主人公と同じような境遇になったこともあるのではなかろうか。そして、何より、漫画や、ドラマ番組、映画では表現が難しい、主人公の心に生じる、あらゆる種類の感情が、生々しく、共感できる部分が多い。まるで、現実の人間が本物の日誌を書いているようだ。

この作品は、知的障害者が高い知能を得るという思考実験を描いているという意味では SF なのだが、極度に現実離れし、異世界に旅立っている感覚は、読書中には味わえなかったため、エンターテインメントとしては弱い。

他に読んだのは、「硝子のハンマー」だ。分厚い文庫本だった。密室殺人事件において、セキュリティのプロが、事件の真相に迫っていく展開が、大部分を占めている。ド直球のミステリ小説である。この本の真骨頂は、物語が 4 分の 3 ほど進んだあたりから始まる。その 4 分の 1 の内容がスリルで満ち溢れており、前半の物語を霞ませている。もういっそ、この本すべてが、その内容を引き伸ばし、拡張したもので構わないというくらい凄まじかった。